2019年09月13日
最先端技術
研究員
清水 康隆
うだるような暑さの中、駅から自宅までたった10分程度歩いただけでも汗が止まらない。家に入っても、容赦ない日差しに暖められた部屋の中では、さらに汗が流れ出る。真っ先にエアコンのスイッチを入れても、涼しくなるまで扇風機にしがみつき、ただただ冷えるのを待つのみだ。エアコンを付けっ放しにすればよいのだが、電気代が気になりそうもいかない。
夏はこういうものだと割り切っていたが、実はこれは昨年までの筆者の生活。今夏は帰宅すると、涼しい部屋が迎えてくれた。エアコンをインターネットに繋ぐことで、スマートフォンで室温を設定し、帰宅時に合わせてスイッチが入るようになったからだ。エアコン本体のタイマー設定でもできないわけではないが、スマホ一つで温度や時間の調整など、小まめに操作できるのは非常に快適だ。これまで一つひとつ操作していた「モノ」がネットに繋がることで、遠隔で確認でき、操作できる。そんな時代がいよいよ実感できるようになってきた。
モノがインタ―ネットに繋がることをIoT(モノのインターネット)と呼ぶ。その対象はまさにあらゆるモノ。実際、中身が確認できる冷蔵庫や遠隔で開閉できる家の鍵なども商品化されている。ほかにも、書いたものがデジタルデータになるセンサー付きのペンや、ペットの健康状態把握のためのセンサー付きトイレなどもある。
深刻な人手不足への対応も一つ。人手が必要な機械や設備の検査などのデータをIoTを通じて収集し、デジタル化できれば効率化に役立つだろう。医療分野での活用も有望だ。ウェアラブルデバイスなどによって人間の健康情報を収集すれば、日常的に持病の状態や病気の兆候などが把握でき、的確な対応の指示や診断を下すことができる。
IoTの概念そのものは、特段新しい話ではない。1980年代半ばごろから既に「ユビキタスネットワーク」「ユビキタスコンピューティング」などという言葉が持てはやされていた。ユビキタスとは「いつでも、どこでも」という意味で今のIoTにも通じる。ただ、実際は当時のハードの性能や通信環境など、技術的かつコスト的な制約が多く、看板倒れに終わっていた。その後、平成の30年間で技術が劇的に進歩し、「いつでも、どこでも」に加えて「だれでも、何にでも」と対象が広がり、現実が夢の世界に近づいてきたのだ。
ただ、IoTの進展で便利さを享受できるようになった一方で、手放しで歓迎できないのも事実だ。指摘されているのが、第三者による乗っ取り。筆者もふと、自宅のエアコンが勝手に操作されたらと考えると不安になる。エアコンならまだいいが、将来、調理器具や風呂などガス製品につながり、悪意のある第三者が操作した場合には、最悪、火災などの原因にもなりかねない。
この乗っ取りリスクに関しては、特に企業側からの懸念が強い。実際、総務省「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究(平成30年)」によれば、調査対象企業のうち最も多い約4割がIoT導入のリスクとして、何者かによる乗っ取りの可能性を挙げた。
企業の懸念は収集したデータの取り扱いにもある。IoTによって収集したデータをどう利用するかに、厳しい目が注がれているからだ。個人にとっても、購買や公共交通機関利用の履歴、位置情報のデータなどが、個人の特定につながりかねないという懸念は根強い。海外では、スマートスピーカーの品質向上のために行われていた会話分析がプライバシーの侵害にあたる可能性があると指摘され、分析が中止に追い込まれた。日本でも、匿名化されたIC乗車券の利用データが販売されて、個人情報保護に反すると批判を浴びたケースがある。
こうしたデメリットを踏まえた上で、どうIoTを展開していくか。当然、企業は乗っ取りやデータ漏えいなどの対策に万全を来たさなくてはならない。国や産業界を挙げて安心・安全の制度の整備や標準化を早急に進める必要がある。
スマホでエアコン操作
(写真)筆者
清水 康隆